


元衆議院議員で、京都医療界の最長老だった特別医療法人岡本病院(財団)の岡本隆一名誉会長が 10 月 9 日、天寿を全うして亡くなりました。 97 歳でした。岡本病院では、 11 月 11 日午後2時から、JR京都駅ビル内のホテルグランヴィアで病院葬による「お別れ会」を催し、政界、医療界に大きな足跡を残した故人の遺徳を偲び、冥福を祈ります。
岡本名誉会長は昭和 5 年 (1930 年 ) 、京都府立医科大学を卒業。父親の跡を継いで開業医に。以来 73 年間、“地域の臨床医”として、地域の健康づくりに力を注いできました。また、優れた運営手腕に医療技術、優秀なスタッフにも恵まれ、岡本病院の基礎を築き、現在の発展に繋げました。
院長、理事長を退いたあとも、現職の医師として昨年末まで診療に従事。「病院は鎮守の森」が信条で、その医療理念は、「この人はわが子、わが親、わが兄妹」を柱とする岡本病院憲章(昭和 54 年策定)として成文化され、全職員に深く浸透しています。
患者さんはもとより、接する人を温かく包み込む人柄は、“岡隆(おかりゅう)さん”の愛称で親しみ、慕われ、昭和 30 年から 5 期 15 年間、社会党選出の衆議院議員として国政の場で活躍。医療、福祉の充実(国民皆保険の制度化など)に尽力しました。淀川水系の治水や国道 24 号線竹田街道の整備、男山団地の誘致など地元の安全、発展にも寄与。勲 2 等瑞宝章を授与されています。
社会党京都府本部委員長、京都私立病院協会副会長など数多くの要職を歴任されましたが、文化的な趣味も多く、中でも写真と和歌は出色でした。本紙「Step Up 」に連載した「海外点描」は好評で、亡くなる 10 月まで 103 回にわたって掲載、読者を楽しませました。
岡本病院の発展の証でもある法人設立 50 周年記念式典( 10 月 24 日)を目前に控えての他界は、いささか心残りもあったかと推察されますが、「まこともて 生くるは強し 悪しき世と 闘いぬきて 我に悔いなし」の和歌を残しているように 97 年の生涯は、まさに充実したものだったいえるでしょう。
故 岡本隆一 名誉会長「お別れ会」へ
多くの方々にご参列いただき有難うございました
名誉会長が逝去した当日( 10 月 9 日)、レインボー会の総会 ( 同じ面に記事掲載 ) で、早川一光先生が講演の中で名誉会長に触れていますので掲載します。
「いつでも、だれでも安心してかかれる医療、それを唱えてきたのが岡本隆一先生です。岡本病院は“安心医療”のシンボルなのです。岡本病院のみなさん、岡本病院をつくり上げてきた岡本先生の目標―身分に差はない、金持ち貧乏関係なし、どんな職業であろうとみんな平等―そんな医療を今後も崩さずに続けてほしい」(講演時、名誉会長はまだ存命でした)。