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義理の母の介護( 8 年間)を踏まえて、感じたことをお話したいと思います。老いていくことの辛さは、ボケることと寝たきりになることといいますが、母は痴呆が出て車椅子生活にもなりました。人間はだれでも他人には見せたくないもう一人の自分があると言われますが、ボケるともう一人の自分がむき出しになってしまう場合があります。そういうもう一人の自分に変わるのは、大変辛いし、いやなことだと思います。
介護は、突然やってきます。準備とか勉強とかしていないだけに、家族は筆舌につくしがたい苦労をします。そんな中、花見につれて行ったときのことです。「この桜、あと何回観られるかしら」と、ぽつんと言った言葉に夫婦して涙を流しました。ボケてても、桜を愛でる気持ちは持っているんです。痴呆だから何を言っても、何をしてもいいというのは、とんでもないことです。一人の人間としてちゃんと扱うべきです。
介護をしなければならない人が出ることによって大変な状況が生まれます。家族の絆とか、医療機関も含めてうまい形でネットワークができればいいのですが、一人で抱え込んでしまうと、その苦悩、苦痛は耐えられないものがあります。そのとき精神的なケアができるような語り合える仲間がいるかいないかがとても大事なことになります。介護保険制度ができたことで一ついえることは、介護の平等化、市民化がなされ、介護はみんなでという意識をみんなが持ったというのが良かったといえます。
介護はプロに家族は愛を―といいますが、介護の本来の目的は自立支援といわれます。そこで、特養施設を造るより、近所の人の小規模多機能施設の充実を図ることもポイントになってきます。
介護施設にしろ病院にしろ、ブランド力を上げないといけない時代です。ブランドを上げるには、クレームを嫌がるのではなく、クレームを受け止め、取り込むことによって、より良いすばらしいものができてくると思います。
誰もが介護を受けないで健康でいるのが一番ですが、寿命が延びるに従って、介護が必要な人が増えてきました。地域の病院を通じて地域社会の中にいいネットワークを作っていく―介護福祉の相談窓口とか、年中無休の外来診療とか、お医者さんによる訪問診療とか、訪問看護ステーションとかの形で、地域の病院が一つのワークショップサービスができるような形になると、非常に安心感がでてきます。
最後に介護の現場にいる人は「ありがとう」の一言で、頑張っているという人が沢山います。それは病院も同じだと思います。挨拶は人間の基本です。「ありがとう」、「がんばってね」、この一秒ほどの短いことばに、人の優しさを知り、勇気がよみがえってきます。一秒という大変短い時の刻みが積み重なって一生になるわけです。みなさんも一瞬一瞬一秒一秒を大切にしながら成長感、達成感、充実感に溢れた一生を送っていただきたいと思います。